起きたら洗濯物が勝手に畳まれていたら良いなと思う

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最近よく思うことの一つに、
“洗濯物が勝手に畳まれていたら良いのにな”
というしょうもないものがある。

昔、自分がまだ小さい子供の頃なんて、畳むどころか自分のタンスの中に勝手に畳まれた洗濯物が入っているのが当たり前だった。きっとそんな過去の当たり前が羨ましいのだなと思います。

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子供の頃の自分

子供の頃は、いつも通知簿(僕らの通知簿はあゆみって名前だった気がする)に「落ち着きがない」と書かれる、よくいる普通の元気な子供だった。身長は小さかったけど、仲の良い友達は沢山いたし毎日が楽しかった。

今では危ないからと禁止されている遊具がギリギリ使用できていた時代で、とりわけがっちゃんブランコが大好きで、暗くなるまで友達と一緒に一生懸命漕いでいたのを覚えている。
とはいえ、僕らの親世代とは違って外で遊ぶときでも携帯ゲーム機を持ち歩いていて、家の中でやれば良いものの学校から帰ってきたらランドセルを玄関に放って、ゲームだけ取って外に遊びに行って、道具の7番目でセレクトボタンを長押ししていた。

それと遊戯王カード直撃世代だったから、カードを持って公園に行くこともあったかな。どちらにせよ外なのは同じ。

あと、一番記憶に残って後悔しているのが小学校3年生のバレンタイン。
その頃すごく好きな女の子がいて、たまたまバレンタイン時期に隣の席になって舞い上がっていた。その結果、バレンタイン当日に自分の机に入っていたチョコが絶対にその意中の子からだと、人生最大の勘違いをかました。

具体的には、ホワイトデーの朝に教室窓際のヘリに腰掛けているその意中の子へクッキーを渡した。

「え?なんで?」

と言われたあの瞬間は未だ鮮明に記憶している。そもそも女の子にクッキーを渡すこと自体究極に恥ずかしいと思っていたので、「え?なんで?」の意味を考える余裕もなく、「いいから!」と言って渡した。

その後友達に、あれは別の女の子がくれたものだったと聞き、その歳ながらにとても申し訳なくなったり恥ずかしかったりして学校に行くのが嫌だったのを覚えている。恋は盲目とはよく言ったものだと。(意味は違うと思うけど)

今でも、「過去に戻れるとしたらいつが良い?」という質問には絶対に小学校3年の2月と即答するくらい自分の行動を悔やんでいる。

高校時代

入学してすぐ、体験入部期間にテニス部に行った時に、ちょっと生意気というか調子乗ってる同じ新入生に「テニス部はいるやつだけアドレス教えて」と言われた。
別にそんなにテニス部に入る気は無かったけどムキになって「入る」と言った。
ちなみにその友達は高校で一番仲の良い友達になった

その後新しいラケットやユニフォームなんかを揃えたけれど、

結局試合に出たのは1回だけ。

ちょうどその頃一緒にバンドやろうと誘われていて、中学2年生から初めたギターの影響で音楽が好だったのもあり、テニス部をやめバンドを組んだ。結局買ったラケットはテニス部の友達に貸し、そのまま。そいつはいまどこにいるやらよくわからん。

バンドを始め、練習スタジオ代やら何やらでお金がかかるということで駅前のミスドで初めてのバイトをすることになる。全然ミスドなんて行くことがなかったから、実際受かって店頭に立った時にびっくりした。
ミスドって本当に女子ばっかで、男子は自分だけというなんとも気まずい状況だった…

でも店長は顔がお笑い芸人のザキヤマに似ている優しい人で、外販の時に乗る店長の車ではずっと木村カエラの “Jasper” が流れていた。不思議と居心地が良かったのを覚えている。

初めてもらったお給料でバイト終わりにミスドを買って家に帰ると、家族が美味しいと喜んで食べてくれて、なんでかわからないけど、泣きそうになる程嬉しかった。

きっとその頃から、妹にならなんでも買ってあげたい病が発症したと思う。

社会に出てから

社会に出てからは散々だった。一応専門学校には通ったが、特に仕事に行かせるようなことは学んでいなかったので有利に進める就職先なんて無い。
結局やりたくも無い営業、コールセンターなど色々経験したが、全て長続きせず。

この頃から自分は社会のクズなんだなと自覚し始めた。その後、地元で働いた時に初めて精神が病み、人生初の心療内科へ。

最初のカウンセリングというかアンケートというか、それすらまともに受け答えすることができず終始こんな場所から逃げ出したいと思っていた。
でも、心療内科を出ても気持ちに変化はなく、この世界全てが嫌いなのかもしれないとすら考えたけど、そうなると逃げる場所なんてないので、普通に帰宅。

引きこもっていた期間は毎晩部屋のドアの前にご飯が置いてあった。

泣きながら食べるとカレーですら味がしないということをその時初めて知った。

現在

それから精神もだいぶ回復し、普通に社会復帰して去年24歳にして部署のマネージャーに抜擢されるなど、びっくりな出来事が続いていた。

しかも自分の受け持つチームは全員年上というなんとも戸惑いの多い境遇だったが、いろいろな考え方や、人・物の見方が根本から変化するような1年を過ごした。

今年に入ってからは、まあ、細々と暮らしています。

今日

そして今日、もう自分の人生にあまり期待せず、正直どうでもいいやと思いながら普通に生活し、普通に洗濯している時に、

「ああ、干した洗濯物が朝起きたら勝手に畳まれていたらいいのになー」

とふと思ったのである。

昔は親が洗濯物を畳んでいてくれたし、放置したランドセルを勉強机の横にかけてくれていたのも、ホワイトデーのクッキーを買うお金を出してくれたのも、テニスラケットを買ってくれたのも、カレーをドアの前に置いてくれたのも

全部親だったなーということを思い出しました。

そう考えると、洗濯物は自分で畳むのも良いなーと思いましたとさ。

では。

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